| タ イ 北 部 と ベ ト ナ ム を 巡 る 16 |
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1.市場にある国境行きソンテオの乗り場へ 朝は豆乳飲料とタロイモのパンを食べた。10時頃になって出かける。今日はミャンマーとの国境地帯に行ってみたい。ソンテオが市場から出ているようなのでそれを探してみる事にした。 テスコ近くの三叉路から西へ一方通行の通りを歩く。果物の店が多い。スイカを山積みした横で カットフルーツを売っている。荒物雑貨の店にはテーブルが置かれ調味料が並んでいる。何屋さんなのか分からない店がけっこうある。土間に宝石の原石を広げている。売っている人も客も土間では裸足だ。市場の方へ入る路地には支柱に支えられたブルーのゲートがある。真ん中にはプミポン国王の写真が掲げてある。市場の建物はこの通りのずっと奥の方だが、すでにこの辺りから店は並んでいて賑わっている。 狭い市場通りは混雑していて、ソンテオ乗り場はどこだか見つからない。この通りの店は殆どミャンマー人がやっているようだ。タナカを塗っていない人は見かけない。 ここから更に奥に入って行くと、ソンテオの溜り場があった。近隣の町や村から買い物に来てい る人たちの足となっているソンテオがいっぱい集まっているのだ。私には分からないが行き先別にになっているのだろう。何人もに聞いてやっと見つけることができた国境行きソンテオ。あの溜り場とは違うが、近くの通りの隅にあった。ミャンマーとの国境とか言うよりは、『ミャワディ』(ミャンマー側の町)と聞いた方が良さそうだった。「ボーダー」とかって聞くと皆一様に「ミヤワディ?」と言った。 国境行きのソンテオは20Bだ。壊れかけたトタン屋根の下が待合所のようで、そこのおじさんにお金を払った。ソンテオはすでに待機していて乗客もいっぱい乗っている。さて何人乗せると出発するのだろう。車内は大混雑だ。私は何とか席を詰めてくれて座ることができた。両端の固い椅子には7人が座り、木の補助イスの他に立っている人、男の子たちは外に出て手摺に掴まっている。もう出発かと思いきや、おじさんはまだ大声で呼び込みをやめない。乗客は殆どがミャンマー人のようだ。何となくタイ人とは雰囲気が違う。 屋根にまで荷物をいっぱい載せたソンテオはやっと出発した。市街地はゆっくり走っていたが、広い国道に出ると一気にスピードを上げた。途中、長距離バスターミナルへ立ち寄る。そして20分程で国境のゲート近くに着いた。 2.国境はかなり自由に往来しているように見える 国境のゲートが見える場所で降ろされた。さすがにタイ以外の雰囲気が漂っている。大きな袋を持っている人、頭の上に荷物を載せている人、女性は全てタナカのお化粧だ。ゲートに向かっては大型のトラックが遠くの方まで長い列をつくっている。国境の川を渡る橋には、 車道の端に歩道もあって、かなりの人数がその橋を渡って両国を行き来している。![]() イミグレーションの向こうに見える道路標識にはこんなのがある。『Keep Right Lane After Traffic Signal』、確かにミャンマーに入ると車は右側通行になる。タイからマレーシア、シンガポールは同じ左側だが、ラオスに入る時も右側に変わる。 以前、ミャンマーへは空路でしか外国人の入国が認められていなかった。それが最近はタイからの陸路でも可能となった。そのゲートが4か所あり、ミャワディも含まれている。ミャンマー側の交通がどうなっているかは分からないが、タイから入国する良い方法かも知れない。 ゲートの様子をしばらく眺めておいて、国境になっている川へ行ってみた。広場から土手の道を歩いて行く と、乾季で水嵩の減ったその川を小さな舟が往来していた。ミャンマーから何やら商品を持って タイに渡って来る。自転車の人もいるようだ。折り返しの舟には、その何倍ものタイで買った物を積んで向こう岸へと帰って行く。タイは殆どの必需品が手に入る国だ。この川は見事なほど水量が少なく、水浴びしている人がいたり、岸辺には洗濯までやっている人がいた。 ミャンマー側から渡ってきた人の中に、かなりエキゾチックな顔立ちの女性がいた。頭の上に布の台座を置いてその上に『かなだらい』のような器に、切ったスイカをいっぱい入れている。勿論、頬っぺたにタナカを塗ったミャンマー人だ。赤いシャツにスーパーの買い物かごのようなものも提げている。チョッと気になったので様子を眺めている と、時々頭のスイカを降ろし販売していた。かなり薄く切ったスイカだが、ナイフを使い赤い部 分を切ってカットフルーツにしているのだ。相棒の女性がいて一緒に売り歩いているようだった。広場の奥には軍か警察かの施設があり、国境らしい雰囲気はあるのだが、往来する人たちを特にチェックしている様子はない。かなり大らかな国境のようで、ミャンマーの軍事政権が民政に移行してからこんな状況になったのだろうか。タイ国内ではあらゆる場所で、警官がバスの乗客をチェックしているのは、こんなにも簡単に入国できてしまうためなのか。 ミャンマーには十分な生活用品が揃っていないようなので、隣国との貿易はごく自然だ。 3.国境にある市場の中は整然と店が並びミャンマー物を売っていた 土手下の草むらからおじさんが急に声をかけてきた。「タバコ要らないか」と言う。どうもこっそり酒類とかタバコを売っているようなのだ。政府もしっかり取り締まりはしていないのだろう。草むらにパラソルを立てて堂々とタバコを並べて売っている人もいた。 ![]() 国境の免税店のような施設、規模は小さいがショッピングセンターか市場のような建物があった。中に入ってみると客は少なかった。化粧品、日用雑貨が多い。大きな木彫りの像、宝石類もある。ここには原石は無く全て指輪やネックレスに加工したものだけだ。ミャンマー人が買って帰るのと、タイ人観光客用のものとがあるようだが、殆どがタイ人のみやげ物だろう。タナカもあちこちで売られている。擦る石の台とタナカの木の部材、その傍に置いてあるのは加工した粉末だ。固められた石鹸状のものも売られている。この市場からソンテオ乗り場の方に戻る途中の店には、木彫りの欄間のような木製品を売る店が並んでいた。どう使うのかは分 からないが、手摺の支柱のような物があったので、やはり建築材料なのだろう。 小さな店が並んでいるが、特に興味をそそるような店は無かった。やはり食堂らしき店が多かったようだ。それでも、店が集まっているのは国境ゲートの付近一帯だけだった。ソンテオの溜り場まで戻ると、ゲートの手前では、相変わらず大型トラックが列をなしていた。その中でバイクを2段に何十台も積んだのがいた。タイからの輸出品の代表格のようだ。 結局この国境地帯に居たのは1時間チョッとだけだった。路地の奥へは入らなかった。 ソンテオ乗り場には、いっぱい乗客を乗せてちょうど出発するところだった。またもや、ぎっし りいっぱい詰め込まれている。私はこんなのには乗らない。次に出発するのを教えてもらって空のソンテオに乗った。ただ、客が一杯になるまでしばらく待たないと出発してくれない。かなり暑い中で辛抱が続く。それでも、いつの間にかいっぱいになるのが不思議だ。この乗り場は歩道の一段上がった場所から乗るようになっている。カバンをかけたおばさんがやって来て料金を徴収する。町から国境へのソンテオは屋根までいっぱいの荷物を積み上げるが、町へはそんな荷物は何もない。 4.市街地の宝石通りには宝石取引所が並んでいる ソンテオはあちこち寄りながらメーソートに戻る。空港やテスコ・ロータス等、定期ルートなのか客の要望なのか立ち寄っている。 30分も経っただろうか、市場のあのソンテオ乗り場に着いた。![]() 市場の通りには昼下がりの気だるさが漂っていた。通行客は少なく、店の人たちも椅子に腰かけたままで、決して進んで動こうとはしない。そんな中でしっかり働いている屋台では、緑色や白色の液体にゼリーやタロイモや豆類を入れて売っていた。 小鳥やカエルの剥き身を干物してある。その横にはタガメや昆虫だ。市場は見るだけなら興味深い物も多いのだが。 市場への入り口ゲートから繁華街の大通り、Prasatviti Rd.へ出る。この辺りから東側へ100m程は『宝石通り』と呼ばれ、宝石の小売店や原石の取引所を兼ねた店舗が十数軒位は並んでいるように思う。当然、生鮮市場などとは違う緊張感がある。 その中ではバイヤーとブローカー、それにオーナーも参戦して値段の駆け引きをしながら、取引 をしているのだろう。店内にカメラを向けると、鋭い視線で睨まれた。店先には警備員も配置されているようだ。私は高価な原石を買いに来たわけではないし顧客でもないので、そんな視線を感じるとすぐその場から立ち去るようにした。取引現場は見てみたいが、チョッと簡単に入れる雰囲気ではない。 その代わり、100均で売っているようなプラスチックのザルに、原石やガラス玉のような石をいっぱい入れて売っている人はあちこちにいる。地面に並べた石はどう見ても高価には見えない。それでもヒスイの原石には微妙に宝石っぽさがある。土間に無造作に並べられた石の数々。見方によればガラクタのようでもある。 ![]() ![]() ここではミャンマー語の看板や貼り紙を時々見かける。この町にはミャンマー人がかなり住んでいる。市場でも通りにある店でも、タナカを塗った人がかなり多いのだ。 私には、看板はシンハラ語のように見えていたのだが、ミャンマー語だった。どちらも丸いが、更に丸くクネクネしていて団子を串刺ししたように見えてしまう。宝石の町と言う事でここに宝石を求めてやって来る観光客も多いのかも知れない。 路地を歩いていると、2人の男が立ち話をしていた。封筒から何やら石を取り出して見せているのだ。こんな場所でさえも宝石なのか、メーソート以外では絶対に見かける事のない風景だ。 5.市街地から路地歩きへ インタラキーリー通りを歩いたら食堂があった。店頭には台の上に鍋が3つ、ガラスケースのバットにおかずが何品か入れてある。1品30B、2品40Bと書かれている。その近くで女性が調理をしていた。まな板の上には煮豚が 置かれていた。他にもいくつか鍋がある。持ち帰り用のお惣菜もビニール袋に入ってたくさん置 いてある。私は、小エビを炊いたもの、肉と野菜の煮物を選んで店内に入った。テーブルも椅子も角ばった古い木製だ。 水をもらった。ステンレスのコップに氷も入っている。タイ独特の調味料のセットはザルを被せてあった。 ぶっかけご飯の理想的な店だ。エビはチョッと甘かったが、美味しいご飯だった。 ホテルへ一旦帰り休憩した。涼しい風に吹かれて寝ころびながら、次の目的地を考えてみた。 スコータイ遺跡には行きたいと思っているが、バスの便がよく分からない。ここからだとタークで 乗り換えて、スコータイかピッサヌロークへ行く方法が考えられ る。スコータイは遺跡だけなので、いっそピッサヌロークへ行き、そこで宿泊して、スコータイへはピッサヌロークから路線バスで行って1日だけ観光する。そう考えてみた。メーソートから直接ピッサヌロークへ行くバスがあればかなり楽だけど、無ければタークで乗り換えよう。 そんな感じの予定で決める事にした。次はピッサヌロークのホテルを予約だ。4泊もすればいいだろう。 ホテル予約サイトの、HotelsとAgodaを検索してみた。バスターミナルから近い『Royal Place Hotel』何とも生意気な名前だが、ここに4泊予約を入れておいた。 ホテルが決まったところで、明日はバスの乗り場と時刻表をチェックしておこう。 6.夕食をさがして夜の街をぶらり 夜になって、夕食を兼ねてぶらっと出かけた。この辺りは住宅地なので明りが乏しく、路地はチョッと暗い。三叉路からナイトマーケットの方へ歩く。 フードコートのように食堂が集まっているのだが、どうも美味しそうに見える店が見つからない 。今日は、この店にした。ご飯ものが少なく麺主体のメニューが殆どだ。ただ何でも注文すると何の具材が入っているのか分からない。そんな事もありいつも無難なセンレックやバミーなどを注文してしまう。 黄色い麺のバミーが来た。豚肉が浮かんでいる程度で、チョッと簡単すぎのメニューになってしまった。初めてタイに来た頃は、センレックでも、砂糖、唐辛子の酢、唐辛子粉、ナンプラー、とか適当に加えて食べていたが、今では殆どそんなに調味料を加えなくなった。なぜタイでは砂糖を加えてまでも、自分の味にしてしまうのだろう。 おばさんは愛想の良い人で、写真を撮らせてもらうと、このポーズになった。 ![]() テスコ・Express に行ってみると、こちらでもテントの食堂がいっぱい開店していた。客はほゞ全員バイクでやって来る。そう賑わっている程ではないが、あちこちで食事をしていた。家族とか友人とか一緒で、さすがに1人で食べている人はいない。タイでは外食か、惣菜をビニール袋で買って帰るか、が多いのでもっと客がいても良さそうなのだが。 Topへ 前へ ◀ ▶ 次へ |
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