20  南原から淳昌コチュジャン村へ

目が覚めて7時頃だと思っていたら9時だった。ドアの音とか話声を夢うつつで聞いていた。明かりを点けるとこの時間になっていた。慌てて準備をする。
荷造りし、部屋を片付けて、アジュマに挨拶する。アンニョンヒガセヨ、とにっこりしながら見送ってくれた。なかなか感じの良い旅館だ。オンドルも暖かく、ベッドのヒーターを使う事もなかった。外はどんより曇っている。ただ暖かくて、2月初旬の気候のようではない。

市外バスターミナルへ行って梨の飲料を買った。韓国ではよく見かける缶飲料だ。アガシ(お嬢さん)が自分の息を吹きかけてティッシュで飲み口を拭いてくれた。ちょっと微妙だが何とも細やかな心配りだ。日本でこんな光景を目にする事はないだろう。

南原(ナムウォン)へは6000Wだ。切符を買って12番ホームへ出ると、バスは停まっていた。ここからの便数は多い。9時27分発になっている。あと数分しかない。
運転手に切符を渡す。一般道の乗合バスのようだ。客は全部で3人しかいなかった。韓国は一般道もよく整備されている。主要道は立体化も進んでいて信号も少ない。ただ歩道が十分整備されていない所でも、制限速度が80kmになっていたりするから、歩くのは危険だ。そこで皆は車を使う、車社会になってしまうのである。
そして大きい車を持つ事がステイタスだから、ウォン安でガソリンは高いのに燃費の悪そうな大きい車ばかりが走っている。
山間を走る為か便数が多い為か、殆ど途中から乗ってこない。雑木林とか畑の横に、必ずと言う位に墓がある。土饅頭と言えば失礼だが、この時期どこもが枯草の色合いなのだ。だから、それは饅頭のようにも見える。しかも雨で崩れないようにか、芝草らしき草で覆ってある。田舎の方は集団の墓地ではなく、個人が所有地に作っているようだ。

南原に着いた。小さいターミナルだ。
早速、宿探しをする。ターミナルの前に旅人宿の看板は見かけるが旅館は無い。少し街を歩いてみる事にする。この街は繁華街みたいな所が見当たらない。しっかり遠くまで歩いてしまった。土手の桜並木が見える。それでも何にも見つからなかった。

再びターミナルに戻り前の道を歩く。路地が狭くあまり清潔な感じではない。旅人宿(最も安いクラスの宿)は何軒かある。どんどん歩いて行くと、旧国鉄駅の辺りまで来て大通りにぶつかった。ここにはモテルが何軒もあった。一番手前の宿に入ってみる。2万Wだと言うので決めた。ロットジャン。201号室。
ちょっと怪しい色合いの部屋だが暖かい。荷物を置いたらすぐ出発だ。今日は宿探しに時間がかかった。観光客は殆ど蓼川(ヨチョン)の向こう側の南原観光団地に行くのだろう。観覧車とか大きなホテルも見えていた。市街地にこれ程旅館が見付からなかったのは初めてだった。タウンページある?と言いたかったのだが。おかげで随分歩いた。

再び市外バスターミナルだ。淳昌(スンチャン)までは3000Wだった。切符を見たら순창と書いてある。でも念のため、コチュジャンマウル?と聞いてみた。笑いながらそうだと言った。
バスは12時10分、あと10分程だ。このバスも客は4人だけだった。そして乗り降りもないまま淳昌市外バスターミナルに着いた。

前にネットで地図を見ていたのだが、例のイラスト地図だった為に詳細は分からなかった。ただ、市街地より西の方、そんなに遠くない距離とだけの知識だった。市内バスの時刻表を見たが全く分からない。まあ近いだろう、と歩いて自分で探す事にした。私はいつも街歩きに方位磁石を使っている。これに頼ろう。
通りを西へ歩くと警察署があった。ここで聞けばいいか。おあつらえ向きに門には警官が立っている。未熟な韓国語を駆使?して何とか分かった。この方向で間違いなかった。距離は3km位かなと言う。ここからは田園地帯の中の道だ。この時期畑には枯草だけで作物は何もない。周りは山に囲まれている。原風景探しの私にはなかなか良い雰囲気だ。

左に大きくカーブした道は、橋を渡ってしばらく行くと今度は大きく右にカーブし、少し下り坂になる。そして、『淳昌コチュジャンマウル』の案内板を見つけ、まもなくそれらしき伝統家屋も見えてきた。何キロ歩いたのだろう、そんなに遠くへ来た感じはない。
村はコチュジャン富士とでも言おうか、すんなりとした形の良い山に向かって、斜面を上るように多くの家屋が立ち並んでいる。

少しイメージと違ったのは、みんな家屋が新しくて、通りも整然としている事だった。この村は郡内の醸造所をこの地に集約して作ったので仕方ないのだが。もっと古めかしい建物で、味噌の香りが辺りに漂っている方が良かった。
味は各醸造元によってそれなりに違ってるのだろう。小規模で手作りの逸品ってところか。技を競っているのか。
都会に出回っているのは大規模に作られた物。だがこの地のブランドは広く知られていて強い。門の中に入ると、庭には大きな甕がぎっしり並んでいて、歩く隙間もない程だ。
軒下はと言えば、丸い味噌玉が簾のように吊り下げられている。カビを付けて発酵させているようだ。醸造所はコチュジャンが中心だが、テンジャン(豆味噌)やカンジャン(醤油)も作られ、コチュジャンを使って野菜を漬け込んだチャンアチ等もある。

製造所の店には、それらをパック詰めしたものや、量り売り、贈答品など、多彩な商品が販売されていて、
淳昌コチュジャン村チャンアチ試食品チャンアチなどはたくさんの試食品が出ている。ソルラルの前にはかなり賑わったのだろうか。
どの醸造元も浸け込みを終えるとそう忙しくはないのだろう。夫婦でのんびりやっているように見える。
店先でケースにラベルを貼ったり箱詰めしたりしていた。
今はどこの店舗も客は殆どいない。この村はひっそり静まり返っている。時折、小さな保冷車が出入りしている程度だ。

コチュジャン村を十分堪能したので、淳昌の市街へ戻る事にした。村の入り口にバス停はあるのだが、路線図が無い。ここで待つより、街方向へ走るバスに途中で乗ってやろうと考えた。大通りをしばらく歩いていて、赤信号になり止まるとすぐ横にバスも停まった。何といいタイミングなのか。バスのドアを叩くと扉が開いた。市外ターミナルへ行くか聞いたら、ネーと言った。

15時15分、淳昌市外バスターミナルに着いた。南原行は15時40分だ。この待合所は隣のセブンイレブンとドアでつながっていた。マフィンとヨーグルトとトマトジュースを買ってベンチに座って食べた。
私はネットでいろんな人の旅行記を読ませていただいているが、こんなシーンは普通、ビールの登場が多い。これじゃ、女子新入社員のお昼休みのようだ。このターミナルの中にはお年寄りしかいない。日本と同じような田舎の光景だ。

南原に着いた。今度は春香伝ゆかりの広寒楼苑へ行こう。
宿探しでかなりこの近くまで来ていた。蓼川まで歩き土手の道を歩く。ジョギングしたりウォーキングしたりしている。長い桜並木が真直ぐに延々と続いている。
土手の上から広寒楼苑の方を眺めながら歩いた。更に歩くと駐車場とインフォメーションらしき建物が見えてきた。

地図と案内書を貰おうと入って行くと、日本語で話してくれた。日本語の案内書あげましょうか?と小冊子をくれた。見ると地図も入ってる。これだけあれば大丈夫だ。そこを出ると、真っすぐに数十軒のみやげもの店が並んでいる。どの店も同じような物ばかりだが、整然ときれいな造りになっていた。特に興味のある物は無かった。刃物、仏具、木製品、キーホルダー等だった。ぶらぶら歩いていると、先ほどの案内嬢が出てきて、何かお探しの物はありますか?と聞いてくれた。とても親切な案内所だ。

広寒楼苑のチケットはおしゃれだ。バーコードを読み取りターンパイクが回る。古い所に新しい技術が。
園内は広い。芝生は枯れ茶褐色だが、次々と楼閣や庭園が現れ見せ場を作っている。庭園全体は宇宙を表現して造られ、その中の烏鵲橋は毎年七夕の日にしか会えない牽牛と織り姫の愛の橋だとか。
ここはパンソリ、春香伝の舞台になった場所として有名である。主人公の夢龍(南原府使の息子)は広寒楼で春香(妓生の娘)を見初め恋に落ちてしまう。二人はここで愛を誓うのだが、夢龍は父の任期が終わり都へ帰る事に・・・
広寒楼苑の中には大きいパネル何枚も使って春香伝のあらすじを解説している。春香館とか、春香の家である月梅家も物語を再現して作られている。

ゆっくり見ていたので薄暗くなってしまった。もう園内には数組の客しかいない。それでもまだクネティギ(韓国の長いブランコ)で遊んだりしていた。この春香の世界に浸っているつもりなのだ。

広寒楼苑を出ると辺りはもう街灯が点いている。桜並木の土手の道を歩いた。この土手の道と並行している大通りに沿って、チュオタンの店が随分並んでいる。南原はこのどじょう料理が有名なのだ。
それにしても昼間は気付かなかったチュオタン食堂の看板、夜は明々としている。チュオタンを食べるのも目的の一つだったが、ちょっと残念だ。恨めしく見ながら通り過ぎた。少し未だ胃がすっきりしないのだ。

バスターミナルで明日の順天行きのバスを確認した。1時間毎に出ている。9時25分が良さそうだ。隣のミニストップで買い物をした。細い路地にある露天商の灯りをを見ながら帰る。もう少しづつ片づけが始まっていた。

宿はオンドルが効いてて暖かい。TVでフルハウスと秋の童話等を見ながら過ごした。天気予報では明日こちらは曇りになっている。日本は雨のようだ。
浅間山が噴火し東京でも灰が降ったとか報じていた。





南原の路地をさ迷いながら旅館をさがす。観光客は殆ど川向かいのホテルに泊まるから、商店街のあるこの辺りには少ない。




淳昌コチュジャン村。コチュジャン富士のような山の斜面にいくつもの醸造会社が集合してできている。


敷地いっぱいに埋め尽くされる、巨大な甕に圧倒される。



醸造元の店舗。ギフト用から量り売りまで商品が揃っている。テンジャン、コチュジャン、カンジャンが主な商品。


淳昌コチュジャン村醸造風景。奥のすだれは味噌玉を天然の麹付けし熟成させている。コチュジャンは量り売りしてくれる。



南原”春香伝”ゆかりの広寒楼苑。

案内所近くには土産物店がずらりと並ぶ。ただ、どの店も同じようなものばかりだ。

桜並木がどこまでもつづく土手の道。地元民の散歩道になっているようだ。
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